「三蔵。僕です」
控えめなノックの後に顔を見せた八戒は、へらりと笑みを浮かべていた。ギャグのつもりなのか知らないが、胸の前には枕を抱えている。
「今夜はご一緒してもいいですか?」
「……好きにしろ」
「あはは。好きにします」
時刻は深夜0時を少し回ったところだ。久しぶりに取れた宿の一人部屋。当然のように絡みついてくる腕を、俺は舌打ちして遠ざけた。
「……吸い終わるまで待ってろ」
八戒は案外殊勝に頷き、一つしかないベッドに腰掛けた。その手がシャツの裾を捲り、ベルトを外していく様を、俺は幾らかの呆れと共に見守った。
「……そしたら、花喃がね。悟能は何も解ってないって言うんですよ。僕はちゃんと話を聴こうとしてるのに、そこからもうだんまりで。何か僕も腹立ってきちゃって、それがはじめてのケンカでしたね。まあ、結局僕が折れたんですけど」
ベッドの縁に腰掛け、煙草を吹かしていた。背後から聞こえてくる話に耳を傾けてはいるが、相槌は打たない。セックスの後に八戒が饒舌になるのはいつものことだ。ある意味、行為の方が前戯とも言えた。
こいつとのやり方を覚えていく。少しずつ、少しずつ。
「……三蔵」
「……あ?」
「妬いてくれたりしないんですか」
俺は思わず八戒を顧みた。八戒は八戒で、俺と目が合うときょとんとした顔をした。こいつは頭はいいくせに、何故か恐ろしい程馬鹿だ。
「……おまえの姉貴とは話が合うかもな」
「……どういうことでしょう」
「確かにてめえは解ってねえよ」
勿論俺はにやりと笑いながら答えたのだが、それが益々八戒を困惑させたようだ。難しいですね、などと言って眉間に皺を寄せている。
八戒は全裸で横たわっている。関係を持って間もない頃はそそくさと衣服を身に着けていたものだが、最近はそんなこともない。酒を飲んでも酔いきれないこの男が、こんな時にしか過去を語れないことを俺は知っている。
「別にいいんじゃねえのか。生きてりゃ時間はたっぷりあるからな」
八戒が俺の意図を理解したようには到底思えなかったが、好意的なニュアンスは伝わったらしい。妙に幼い顔で表情を緩めた。