煙草も吸えねーな、という悟浄のいつも通りの舌打ちを、何処か遠くに聞いていた。失われた腕を嘆いている状況ではなかった。悟浄の出血量。全体重を支える片腕。僕自身もいつまでもつかわからないが、それよりも前に、確実に、悟浄が落ちる。
三蔵と悟空は気付くだろうか。気付いたとして、間に合うだろうか。
なあ、と僕に呼びかけた悟浄の声は、平静だった。実際平静だったのだろう。
「俺のこと踏み台にして、おまえ上まで上がれね?」
腹の底から湧き上がった怒りと焦燥を、僕は相当な努力をして、抑え込んだ。
「……馬鹿言ってないで少し待って下さい。僕が二人一緒に助かる方法を考えます」
「ねーだろンなもん。モタモタしてっと落ちるぞ」
「っ、……絶っ対に嫌です!」
「俺だって嫌だっつーの。こんなトコで二人揃っておっちぬなんざよ」
余裕さえ感じさせる物言いと声色で、悟浄が身勝手にも腹を決めてしまっているのが見て取れた。それがわかるくらいには、一緒にいた。諦めという名のこの男の覚悟を、そう簡単に覆せるとは思えない。どうすれば口説けるだろう。どうすれば。
「……僕、貴方がいないとマジでダメなんです」
責めても詰っても無駄だ。泣き落とししか浮かばない自分の浅はかさには呆れるが、なりふり構っていられない。紛れもない事実だった。悟浄がいないなんて嫌だし無理だ。
拍子抜けしたように、悟浄は返す。
「……胸張って何言ってンのよおまえ」
「この先貴方のいない人生を生きていくなんて、考えられません」
「……俺がいないとダメな自分が嫌だったんじゃねえの?」
悟浄は言葉を選ばなかった。
「……僕なんかを拾って、ずっとそばにいて、何度も何度も助けて。もう一度生きさせたのは貴方なのに、今更こんな風に放り出すんですか。……ちゃんと最後まで、責任取って下さい」
はらりと。石の礫が、頭上から落ちてくる。指先の感覚が、徐々になくなっていく。エゴは百も承知だった。こんな時になって、貴方を繋ぎ留める為なら、手段を選ばない。
悟浄はしばらく押し黙った後で、ぽつりと言った。
「……もう結構取ったつもりだったんだけど」
「僕の愛娘だって、見てないでしょう?……まだまだです」
悟浄は、くっ、と声を立てて、笑った。
「……そうだったな」