目の前に突然、悟浄が現れた。もう一人。
「……何で悟浄は子どもじゃないんですか?」
「いや知らねーよ」
悟浄は口元を引き攣らせ、ものすごく嫌そうな顔をしている。もう一人の自分が何を言いだすか、気が気じゃないんだろう。一方僕はといえば、顔にこそ出さないように努めたものの、興味津々、好奇心でいっぱいだった。とにかくシャイで自分のことを語りたがらない悟浄が、敢えて分身の姿で僕に言いたいこととは何だろうか。
悟浄の生き写しであるところの彼は、じっと僕をみつめている。予想よりも無言の時間が長く、僕は内心でそわそわし始めた。穴が空くほど、とはこういう時に使う表現だろうか。実際の悟浄からこんなに真っ直ぐ、こんなに無遠慮に視線を投げられたことはない。その熱量に射竦められる。
悟浄は、いやもう一人の悟浄は、不意に僕の身体を抱き寄せた。
「っ、おい!」
彼の後ろにいる悟浄が、ぎょっとした顔をした。正直僕も驚いた。決して性的な素振りなどではなかったが、その抱擁には伝わってくる何かがあり、たとえそれが何かはわからなくても、動くことが出来ない。
舌打ちした悟浄が引き剥がす前に、彼はあっさりと身を引いた。離れてしまった熱が、何故だか名残惜しい。彼はうつむき、僕の指先を握った。振り解こうと思えば簡単に振り解けるくらいの、儚い強さで。
「……いて」
肩越しに、悟浄と目が合う。彼は息を呑み、縫い止められたように、僕と、もう一人の彼を見ていた。
「……はい……」
答えがするりと滑り落ちる。
目の前の彼は、跡形も無く消え去ってしまった。指先にはまだ、彼の体温が残っている。
悟浄は傷付いたような、満たされたような顔で、僕を見ていた。逸らされない視線を受け止める。本当は心の何処かで知っていたような気もした。とても言葉にならない。
口火を切ったのは、悟浄だった。
「……八戒」
「……はい」
「いて」
悟浄は自分の口で、同じ言葉を繰り返した。勿論僕も、一つしか無い答えを繰り返す。
「……はい。貴方も」
微笑みながら、悟浄を見る。悟浄は拗ねたように舌打ちし、そっぽを向いた。
「俺はいつでもいんだろーが」
「……そうですね」