悟浄は僕を止めてくれたのに、僕は、悟浄を止めることが出来なかった。
雨が降っている。僕の上に馬乗りになった悟浄を、いっそ穏やかな気持ちで見上げていた。力では敵いそうになかった。避けられなかった傷の痛みで全身が軋み、体温が奪われていく。長く伸びたその爪が、僕に向けて、振り上げられた。
これから悟浄は僕の腹を裂き、腸を引きずり出すだろう。恐怖は無かった。あの日悟浄が僕の中にしまいこんだものを、また悟浄の手でさらけだすというだけ。濡れて深みを増した悟浄の髪が、幕を閉じるように垂れかかる。瞬きすらも惜しかった。
何て綺麗な紅。
「……ふざけんなよ……」
怒りに震えた声は、紛れもなく悟浄のものだった。僕を見下ろす目にも、明らかな理性が灯っている。驚きで、咄嗟に言葉が出ない。
悟浄。
どうして。
「抵抗しろバカ野郎! ぶっ殺しちまうとこだっただろうがっ!!」
声が、そして身体が、震えていた。
悟浄は本気で怒っている。けれど身勝手な僕は、悟浄を取り戻せたことで、たちまち安堵してしまっていた。悟浄のことも安心させてあげたいのに、僕は今、笑えているだろうか。
「……だって……」
「だってじゃねえっ!!」
僕は悟浄を止めることが出来なかったのに、悟浄は、自分で戻ってきた。僕をその手で殺さない為に。
ああ、この人は、どこまで。
重怠い腕を叱咤して、悟浄の頬に手を伸ばした。血の気が失せて冷え切った指先に、確かな体温が、染み込んでいく。
「……悟浄、……一緒です」
唇を引き結び、悟浄は表情を無くした。鋭くも端正な顔立ちが際立って、こんな時なのに、やっぱり僕は、みとれてしまう。
「……僕が、一緒です」
あんなに忌まわしかった雨が、いつだって僕たちを繋ぎ留める。過去も出逢いも今さえも皮肉に満ちていて、それでももう二度と、手放すことなんか、出来そうになかった。
悟浄が舌打ちする。そのわずかな表情の変化を、僕は自分の胸に、刻み付けた。
「……バカ野郎……」
僕たちに注ぐ雨は、いつまでもいつまでも、降り続いていた。