【ゴロゴロゴロンと】 お題配布元:ゴロゴロゴロンと

144.私より先に花を供える人がいる


 僕はそれをてっきり三蔵か悟浄だと思っていたし、本人から何も言われないのに礼を述べるのも野暮な気がして、敢えて確かめようとはしていなかった。だからそこで彼の後ろ姿を認めた時には本当に驚いたのだ。茶色の髪、小柄だけれど筋肉質な体躯。気配で気付いたのかはっとしたように振り向いたので、僕は微笑んで「こんにちは悟空」と言った。
 百眼魔王城跡。
 ここには何も残っていない。多くの女性たちが捕らわれていた悪しき建物も、妖怪たちの無残な死骸も、そして彼女のなきがらも。
 悟空の手には零れんばかりの向日葵が抱えられていた。寺院の近くに咲いていたものを摘んできてくれたんだそうだ。悟空はしゃがんだ足元に花束を置くと、目を閉じて静かに手を合わせた。
「……あの時は」
 季節は巡り、荒地だったこの場所にも草花が目立つようになっていた。
「みっともないところを見せてしまいましたね」
 曇り空の下、湿気を含んだ風が肌を撫ぜる。悟空は立ち尽くす僕を、真っ直ぐに見上げていた。
「……みっともなかったの?」
「みっともなくなかったですか」
「……俺がガキだから解んないのかも」
 この三年間、定期的にこの場所を訪れる中で、時折誰かが花を供えてくれた形跡があった。それが悟空だったということ、僕に黙ってそれをしていたことは意外に思えたけれど、同時にすとんと腑にも落ちた。僕にはこの場所で純粋に手を合わせることなど到底出来ないし、そんな胸の内を、悟空は感じ取ってくれているような気がしたのだ。
「……行くんですよね、悟空は」
 ぽんと勢いをつけて立ち上がると、彼は手についた砂を払った。
「西? 行くよ。三蔵行くし」
「……そうですよね」
「八戒も行くだろ?」
 僕は足元に目を落とした。悟空が摘んできてくれた向日葵は、まるで彼自身のようだと思う。
「……お花、ありがとうございます。きっと喜んでると思います」
 質問に答えなかった僕を、悟空は非難しなかった。
「俺だったら、覚えててもらえたら嬉しいと思う」
 この三年間がどんな時間だったか、説明するのは難しい。あの日三蔵は、僕の愛した人の為ではなく、僕が惨殺した数多の命の為でもなく、経を読んだ。僕は八戒としての人生を許され、それはこれから先も続いてゆく。
 雲間から射し込んだ夕焼けは、僕にも悟空にも等しく、ただ、眩しかった。


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