お題配布元:LazyMirranda

いなくなるまでの指きり


 出発の朝、僕は悟浄の隣で目を覚ました。きちんと僕の方を向いて眠るその顔は無防備で、何処か幼くもある。さらりと流れる髪の感じや、傷の刻まれた頬、端正な顔立ちを、しばらくの間眺めていた。柔らかな気持ちと、感傷に似た遠い気持ち。僕は同居人を起こさないよう注意深く身体を起こすと、一足早く身支度を始めた。

 西への旅について告げられたのは、悟浄と連れ立って慶雲院を訪れた時だった。三蔵は淡々と事の次第を説明し、面白くもなさそうに煙を吹かした。
「それってお断りしてもいい訳?」
 悟浄は開口一番にそう言った。三蔵はふんと鼻を鳴らした。
「三仏神の命ではあるが、俺の知ったことじゃねえな」
「僕も……少し考えさせて下さい」
 三蔵は眉を上げ、事は急を要するから三日以内に返事を寄越せと言い含めた。三蔵にしては気が長い方だ。
 結果から言うと、二人とも旅に同行することを決めた。その結論を出すまでに、僕と悟浄の間で話し合いのようなものは行われていない。そして出発前夜だった昨日、僕は悟浄をセックスに誘った。悟浄もある程度予期していたのか、すんなり誘いに応じた。

「これから四六時中お猿ちゃんと生臭坊主の顔見んのかと思うと、ぞっとしねーな」
 朝食を済ませて、僕たちは食後のコーヒーを飲んでいた。マグカップを受け取る時、悟浄がサンキュ、と言い添えてくれる。
「そうですか? 僕は結構楽しそうだなって思いますけど、ただ」
 僕はそこで言葉を選んだ。続きを促すように、悟浄が僕を見ている。
「……ただ、こういう時間も、僕にとっては貴重だったので」
 旅に出てからでも、こんな風に悟浄にコーヒーや灰皿を差し出すことはあるだろう。けれど今度からは、二人だったものが四人になる。それは全く別のことだ。
「また出来んだろ。旅が終わったら」
 何でもない風に悟浄が言う。
「……生きて帰れるか解りませんよ?」
「行きもしねえうちからナニ言ってんのよ」
「帰ってこられたら。……またここで暮らすんですか、僕たち」
 思わず逸らしたくなる程真っ直ぐに、悟浄が僕を見返した。
「ここに帰ってくるってことでいいんじゃねえの。とりあえず」
「……そうですね」
 悟浄があんまり大真面目な顔なので、僕はいつもの微笑を返すしかなかった。
 この人との未来を語らう権利が、果たして僕にあるだろうか。甘えて頼って背負わせて、それでも足りない僕に。
 悟浄のくれた甘やかな約束を、僕はそっと手の平に握り締めた。


2015/09/19 初出
2015/10/20 改訂

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