カタカタとキーボードを打つ手を止めて、俺は背もたれに身を預けた。学内に設けられたパソコンルームは24時間開いていて、試験期間に入ると人が増える。自宅でやるよりはかどるし、レポートをギリギリに仕上げて即提出ということが可能だからだ。画面の端に表示された現在時刻は午前1時。どう考えても切羽詰まっているのに、ハナから徹夜する気でいるとあと8時間もあるとか思えてしまうのが締め切り間際のマジックだ。
案の定集中力が切れて、この期に及んでネサフとか始めてしまう。「海」と入力して検索すると、空と海の広がる美しい画像が幾つも出てくる。ビビッドでない自然の青が、疲れた目に優しい。
「何現実逃避してるんですか」
潜めた声に顔を上げると、見慣れた男が隣の席の椅子を引くところだった。
「八戒」
「お疲れ様です」
「何、おまえも徹夜組?」
「まさか。貴方のことだからどうせここにいるだろうと思って、冷やかしにきました」
「……邪魔しに来たなら帰れよ」
「邪魔も何も、やってなかったでしょう。あ、綺麗ですねこの写真」
夜中だから満席とは言わないが、他の生徒もいるので会話は終始ひそひそ声だ。こいつの堅実さと計画性は、俺にはとても真似できない。目の前の画面には、真一文字の水平線。
「中弛みしてたんでしょう。コーヒーでも奢りますよ」
涼やかに八戒が微笑んだ。
パソコンルームを出て廊下に進むと、夏のむわっとした空気に包まれる。同じフロアには自販機があって、八戒はそこで缶コーヒーを買ってくれた。
「何が悲しくて遊びたい盛りの若者が机に縛られてカタカタやんなきゃなんないのかねー」
キンキンに冷えた一口目の美味いことったらない。あまりの美味さに気を良くして、俺は大袈裟に溜め息を吐いた。
「僕らは学生なんだから、学業が本分でしょう」
「今しか出来ないことはお勉強だけじゃないでしょーよ」
「だから」
八戒は何故か、そこで俺を睨みつけた。
「だから僕はつまんない課題なんかさっさと終わらせたのに、貴方は試験だレポートだってうだうだ理由つけて二週間以上僕のことほったらかしにしたでしょう。そりゃあ適当な理由つけて会いにも来ますよ。愚痴る前にさっさと抱けっていうか」
「オッケー八戒、悪かったからその辺で」
八戒は口を噤むと、空き缶を華麗にシュートした。
「……部屋で待ってます」
やたら可愛い顔をした後、妙にかっこいい背中で、八戒が去っていく。
俺は残りのコーヒーを飲み干して、大きく伸びをした。